2014年06月
2014年06月09日
軍事政権下の『夜のターペー門前広場』
最近、ターペー門前広場に常駐している兵士が夜になると、
カラオケを歌ったり、ダンスをしていると聞いたので、昨日の
日曜日に見に行きました。
広場には、ステージもあり、兵士がコンサートをしたり、シャベルを
持ったコミカルなダンスなどのショーをしていました。
5月22日にクーデターを起こし、軍事政権を樹立した政府にとって、
チェンマイは重要拠点です。タクシン元首相の出身地であり、タクシン
派の支持者が多い所です。
チェンマイは観光地で世界的に有名な所です。軍事政権の影響で
観光客が大幅に減るようなことがあるなら、その不満は現政権に
向けられるでしょう。
軍部当局は、その不満を取り除くために軍部自身がチェンマイは
軍部当局は、その不満を取り除くために軍部自身がチェンマイは
楽しくて安全な所だと宣伝しています。その宣伝がターペー門前
広場のイベントです。その作戦がチェンマイのイメージを良くする
ことにつながるでしょうか?
ターペー門前広場のステージには、国民の幸せを永久に守り、
チェンマイは楽しくて、安全な所ですと書いてあります。

その日は日曜日でサンデーマーケットが開かれ、
広場にも大勢の人が訪れていました。

旧市街のシンボル『ターペー門』(左上)を警備しています。
2014年06月07日
『仏誕節』朝の風景
陰暦の6月の満月の日は、『仏誕節』でタイ仏教にとっては、たいへん
重要な日です。私はその日の午前中、旧市街にあるチェディールアン寺
に行きました。朝にもかかわらず多数の参拝者が訪れ、仏像にお花や
お線香、ロウソクを捧げていました。
タイ大使館からの最新情報です。
タイ国内治安情勢(2014年6月6日現在)
1 先月22日のクーデター以降,タイ国内において,反クーデターを
掲げるデモが散発的に実施されており,6月1日(日)には,バンコク都内の
BTS駅周辺アソークで,反クーデター抗議デモが発生し,治安当局による
逮捕・規制等が行われました。
2 こうしたデモは直前まで詳細を発表することなく行われる傾向があります。
何らかの原因により,デモが,軍,警察と衝突する等の事態が発生する
何らかの原因により,デモが,軍,警察と衝突する等の事態が発生する
可能性も排除されませんので,タイへの渡航・滞在(を予定)している皆 様は 外出時には,こうした集会が実施されている場所等には出来るだけ
近付かないで下さい。
また,引き続き大使館からのお知らせ等関連情報には十分注意をお願いします。
また,引き続き大使館からのお知らせ等関連情報には十分注意をお願いします。
夜間外出禁止令に伴う注意喚起(その5)~外出禁止令適用終了地域の
追加~(2014年6月6日現在)
1 6日,国家平和秩序維持評議会(NCPO)は,新たにフアヒン郡
(プラチュアップキリカン県),チャアム郡(ペッチャブリー県),クラビー県,
パンガー県における夜間外出禁止令の適用を撤回する旨発表しました。
2 他方,上記及び3日に適用が撤回されたチョンブリー県パタヤ特別市,
スラタニー県サムイ島郡,プーケット県以外の国内の全ての地域におい
ては,引き続き,深夜0時1分から早朝4時までの夜間外出禁止令が
依然として適用されています。
夜間外出禁止令の対象については,在タイ日本国大使館ホームページ
夜間外出禁止令の対象については,在タイ日本国大使館ホームページ
「大使館からのお知らせ(http://www.th.emb-japan.go.jp/)」を参考に
してください。
ウィサー・カブーチャー(仏誕節)とは、 釈迦が誕生し、悟りを開き、
入滅した日でもあります。
タイのお寺では、同日に起こった3つの奇跡へ思いをはせ、釈迦の
タイのお寺では、同日に起こった3つの奇跡へ思いをはせ、釈迦の
徳に対して礼拝するための儀式が行われます。夜には、ロウソクを
灯しながら、本堂の周りを右回りに3周歩き、心を静かにして祈ります。
仏誕節は陰暦6月の満月の日となっており、今年は5月13日が
その日にあたります。
国民の90%以上が仏教徒といわれるタイでは、仏教上、最も聖なる
国民の90%以上が仏教徒といわれるタイでは、仏教上、最も聖なる
日とされているため、多くの国民はこの日が近づくと、寺院を参拝い
たします。
ターペー門前広場にはステージに『仏誕節』の大きなポスターがありました。

チェディールアン寺はプラシン寺と並んでチェンマイで最も格式のあるお寺です。

本堂の前には有名な雨乞い仏像があります。

本堂に入るとすぐに金箔の仏像があります。
自分の身体の悪い部分をこの仏像に金箔を貼れば治ると信じられています。
自分の身体の悪い部分をこの仏像に金箔を貼れば治ると信じられています。

本堂の中央奥にはいくつもの仏像が安置されています。
2014年06月05日
『仏誕節』前のイベント
5月11日(日)の夕方、旧市街の3人の王様像広場に行って見ると、
僧侶がたくさん集まっていました。その集まりは翌々日の13日に
行なわれる仏誕節(ヴィサカブーチャ)のイベントでした。
チェンマイ総領事館よりの最新情報をお知らせします。
夜間外出禁止令に伴う注意喚起(その4)~一部地域での外出禁止令
夜間外出禁止令に伴う注意喚起(その4)~一部地域での外出禁止令
適用終了~(2014年6月3日現在)
1 3日,国家平和秩序維持評議会(NCPO)はチョンブリー県パタヤ特別
市,スラタニー県サムイ島郡,プーケット県における外出禁止令の適用を
撤回する旨発表しました。
2 他方,上記以外の国内の全ての地域においては,引き続き,深夜0時
1分から早朝4時までの夜間外出禁止令が依然として適用されています。
夜間外出禁止令の対象については,在タイ日本国大使館ホームページ
夜間外出禁止令の対象については,在タイ日本国大使館ホームページ
「大使館からのお知らせ(http://www.th.emb-japan.go.jp/)」を参考にして
ください。
ウィサー・カブーチャー(仏誕節)とは、 釈迦が誕生し、悟りを開き、
入滅した日でもあります。
タイのお寺では、同日に起こった3つの奇跡へ思いをはせ、釈迦の徳に
タイのお寺では、同日に起こった3つの奇跡へ思いをはせ、釈迦の徳に
対して礼拝するための儀式が行われます。
仏誕節は陰暦6月の満月の日となっており、今年は5月13日がその日
仏誕節は陰暦6月の満月の日となっており、今年は5月13日がその日
にあたります。
国民の90%以上が仏教徒といわれるタイでは、仏教上、最も聖なる日と
国民の90%以上が仏教徒といわれるタイでは、仏教上、最も聖なる日と
されているため、多くの国民はこの日が近づくと、寺院を参拝いたします。
このポスターには釈迦の誕生(左上)、悟り(まん中上)、入滅(右上)のことが書かれています。

5月11日の夕方から3人の王様像広場には、たくさんの僧侶が集まっていました。

2014年06月03日
軍事政権下のチェンマイ
一昨日の日曜日、昼ご飯を食べに旧市街の3人の王様像広場の
周りを歩いていると、3人の王様像の前で大勢の兵士が集まっている
ように見えました。
それは軍事政権下で新しい知事の就任挨拶のセレモニーでした。
5月22日の軍事クーデターから10日以上経った北部チェンマイでも
その影響が徐々に出始めています。私は1日1食は日本料理を食べ
ますが、レストランでNHKが映らなくなりました。軍政に都合のよいテレ
ビ局しか映らなくなり、言論、報道の自由は厳しく規制されています。
チェンマイは世界的に有名な観光地ですが、今回のクーデターの影響で
チェンマイは世界的に有名な観光地ですが、今回のクーデターの影響で
観光客も減っています。サンデーマーケットもいつも大勢の人でごった返す
はずですが、一昨日のマーケットは、あまり混雑していませんでした。
今後も暗いニュースが続くと、観光はかなり打撃を受ける可能性があります。
一昨日の日曜日の正午ごろ、旧市街の3人の王様像広場です。

チェンマイはタクシン元首相の出身地でタクシン派支持者が多い所です。
反軍政のデモ、集会も徹底的に弾圧されています。
軍部はチェンマイを制圧しようと思うなら、旧市街を抑えることだと
軍部はチェンマイを制圧しようと思うなら、旧市街を抑えることだと
思っています。
旧市街はチェンマイのちょうど中央に位置し、聖地があり、観光客が
旧市街はチェンマイのちょうど中央に位置し、聖地があり、観光客が
大勢訪れます。軍部はその旧市街には、3つの拠点ポイントがあると
考えています。
1つ目は旧市街のほぼ中央にある3人の王様像広場です。
ここはチェンマイの人々の聖地です。
2つ目は旧市街のシンボルターペー門広場です。
2つ目は旧市街のシンボルターペー門広場です。
ここは世界的に有名で、観光客が普段から多い所です。
3つ目は旧市街の北にあるチャンプアック門で、タクシン派が集会を
3つ目は旧市街の北にあるチャンプアック門で、タクシン派が集会を
よく開いている所です。
軍部は旧市街でその3つの拠点を抑えれば、チェンマイは制することが
できると思っています。
たくさんの兵士が並んでいると思ったら警察官でした。

3人の王様像の前にいる人たちも兵士ではなく、制服を着た公務員でした。

新しい知事が就任挨拶のセレモニーをしているところです。

タクシン派は一掃され、前の知事は就任してから1年足らずで、
小さな県に配置になりました。タイではバンコクとパタヤは知事選が
ありますが、チェンマイを含め、他の地域の県も任命制です。
ですから、県知事は中央政府から派遣された官僚です。
新知事との記念撮影です。チェンマイ市長(後列左から4番目)もいます。
2014年06月01日
『沖縄のゴールデンウィーク』最終回
ゴールデンウィーク終盤の5日から沖縄は梅雨に入り、恒例の那覇
ハーリーの最終日は大雨のために中止になり、6日も雨になり、
私は7日の午前中に曇天のなか古都首里を訪れました。最初に
玉陵(琉球国王のお墓)に行った後、首里城を見に行きました。
玉陵は首里城から西へ約200m先にあります。玉陵入り口にある券売所です。

地下1階は資料展示室になっており、玉陵の概要や玉陵内部の
様子を展示説明しています。

玉陵(たまうどぅん)の概要は、1501年、尚真王が父尚円王の遺骨を
改葬するために築かれ、その後、第二尚氏王統の陵墓となりました。
墓室は三つに分かれ、中室は洗骨前の遺骸を安置する部屋となっています。
創建当初の東室は洗骨後の王と王妃、西室には、墓前の庭の玉陵碑に
記されている限られた家族が葬られました。全体のつくりは、当時の板葺き
屋根の宮殿を表した石造建造物になっています。墓域は2.442㎡。
沖縄戦で大きな被害を受けましたが、1974年から3年余りの歳月をかけ、
修復工事が行われ、往時の姿を取り戻して今日に至っています。
昭和47年5月15日に玉陵墓室石牆(たまうどぅん ぼしつ せきしょう)が
昭和47年5月15日に玉陵墓室石牆(たまうどぅん ぼしつ せきしょう)が
国指定有形文化財建造物に、玉陵は国指定記念物史跡に指定されました。
また、2000年12月に「琉球王国のグスク及び関連遺産群」として
世界遺産に登録されました。

東の御番所(あがりぬうばんじゅ)です。

沖縄戦前までお墓を守る番人がお墓の管理をしていました。
王国時代には墓参りに来た王様が休憩をしたところでもあります。
王国時代には墓参りに来た王様が休憩をしたところでもあります。
首里城の最初の門は、有名な『守礼門』です。

首里城は、琉球王国の政治・外交・文化の中心として栄華を誇りました。
琉球王国は、1429年に成立し1879年までにわたり存在した王制の国で、
琉球王国は、1429年に成立し1879年までにわたり存在した王制の国で、
中国や日本、東南アジアなどとの交易から様々な文物がもたらされ、
独自の文化が花開きました。
首里城は、その中国と日本の築城文化を融合した独特の建築様式や
石組み技術には高い文化的、歴史的な価値があるとされ、2000年12月
日本では、11番目に首里城は世界遺産に登録されました。
1945年の沖縄戦で灰燼に帰した首里城は、1992年、沖縄の本土復帰
1945年の沖縄戦で灰燼に帰した首里城は、1992年、沖縄の本土復帰
20周年を記念して復元されました。
首里城の正殿に行く間には、いくつかの門があります。

首里城は小高い丘の上にあり、那覇市内や東シナ海が見えます。

城内の広場では、宮廷舞踊ともいわれる古典舞踊も行なわれていました。























































