2015年05月
2015年05月31日
夜のワット・チェディールアンの『サオ・インタキン祭り』
チェンマイの守護神である柱(サオ・インタキン)のお祭りが
今年は、5月14日から21日まで旧市街のワット・チェディー
ルアンで開かれました。私は17日の夜に再び見に行きました。
その日は日曜日なので、大勢の参拝者が押し寄せ、境内にある
あちらこちらの花台にお花をお供えしていました。
サオ・インタキン祭とは、毎年5月にチェンマイを守る柱(サオ・
インタキン)を拝む行事で、今年は5月14日から21日までの8日
間行なわれました。1年に1度この期間に祠堂の扉が開けられ、
守護柱が公開されます。
チェンマイの人々にとって守護柱はとても神聖なもので、お花やロ
チェンマイの人々にとって守護柱はとても神聖なもので、お花やロ
ウソク、お線香を持って、大勢の参拝者が訪れ、境内に並べられた
花台に供えていきます。別名「花を供える祭り」 と呼ばれています。
お寺の外側は、サンデーマーケットの歩行者天国で賑わいをみせていました。
花屋の露店には大勢の人がお花、お線香、ロウソクの3点セットを
買い求めていました。
食べ物屋の露店も大勢の人で並んでいました。
お寺には大勢の参拝者が訪れていました。
これから、お花をお供えする参拝者です。
お参りする人はかごにお花を一杯入れています。
その日は雲行きが怪しく、今にも雨が降りそうでしたが、結局雨は降りませんでした。
本堂から前にある雨乞い仏像にもお花をお供えしています。
大勢の参拝者で物凄い賑わいです。
インタキンの祠堂(真ん中)の周りもお花をお供えする人で凄い参拝者です。
大勢の参拝者が花をお供えしていました。
あちらこちらの花台にお花をお供えしています。
インタキンの祠堂内の守護神の柱(仏像の下の台座の部分)もお花で一杯です。
本堂から後ろにある仏塔にも大勢の参拝者でした。
このお寺の最大の見所は、本堂の後ろにある高く聳える仏塔です。
この仏塔の建立は15世紀初頭。当時、その高さは約90メートルにも
及ぶほどだったが、1545年に地震で一部が崩壊しました。1990年代
にユネスコと日本政府の援助で修復され、現在の高さは60メートルです。
仏塔の前の仏像もお花が一杯お供えされています。
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2015年05月29日
ワット・チェディールアンの『サオ・インタキン祭り』(4)
チェンマイの守護神である柱(サオ・インタキン)のお祭りが、
今年は5月14日から21日までの8日間、ワット・チェディー
ルアンで開かれました。私は初日の午後から見に行きました。
雨乞い仏像を中心としたパレードも行なわれました。その後、
お寺の境内の舞台では、開幕式が行なわれました。
サオ・インタキン祭とは、毎年5月にチェンマイを守る柱(サオ・
インタキン)を拝む行事で、今年は5月14日から21日までの8
日間行なわれました。1年に1度この期間に祠堂の扉が開けられ、
守護柱が公開されます。
チェンマイの人々にとって守護柱はとても神聖なもので、お花やロ
チェンマイの人々にとって守護柱はとても神聖なもので、お花やロ
ウソク、お線香を持って、大勢の参拝者が訪れ、境内に並べられた
花台に供えていきます。別名「花を供える祭り」 と呼ばれています。
パレードに参加したメンバーが踊りながらお寺に戻って来ました。
本堂の前でチェンマイの代表的な伝統舞踊『爪の舞』を踊っています。
お供え物は守護神の柱が祀られているインタキンの祠堂に運ばれました。
雨乞い仏像が皆に引っ張られて、お寺のなかに戻って来ました。
パレードに参加したメンバーが続々とお寺に戻って来ました。
パレードが終わったら、インタキンの祠堂の周りにお花をお供えしています。
開幕式には、チェンマイ県知事(前列左)やチェンマイ市長
(その隣)も出席されました。
開幕式のステージでは、チェンマイ市長や県知事の挨拶の後、
県知事が太鼓を敲いて、開幕を告げました。
その後、来賓やパレードに参加した代表メンバーなどが記念撮影です。
最後にステージでは、勇壮な太鼓舞が披露されました。
パレードに参加したサンカンペーン郡の
少数民族『タイヨーン族』のメンバーです。
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2015年05月27日
ワット・チェディールアンの『サオ・インタキン祭り』(3)
チェンマイの守護神の柱と言われる『サオ・インタキン』の
お祭りが、5月14日から21日まで旧市街のワット・チェデ
ィールアンで開かれました。私は初日の午後に見に行きま
した。その日はパレードが行なわれ、チェンマイ市郊外の町
も出場し、そのなかには少数民族のタイルゥー族なども参加
していました。
サオ・インタキン祭とは、毎年5月にチェンマイを守る柱(サオ・
インタキン)を拝む行事で、今年は5月14日から21日までの
8日間行なわれました。1年に1度この期間に祠堂の扉が開け
られ、守護柱が公開されます。
チェンマイの人々にとって守護柱はとても神聖なもので、お花や
チェンマイの人々にとって守護柱はとても神聖なもので、お花や
ロウソク、お線香を持って、大勢の参拝者が訪れ、境内に並べら
れた花台に供えていきます。
別名「花を供える祭り」 と呼ばれています。
後半のパレードの先頭はチェンマイ市です。
伝統楽器の演奏でお祭りの雰囲気を盛り上げています。
お花を創作した綺麗なお供え物です。
その次はサラピー郡(チェンマイ市から南へ約10km)のパレードです。
お花のお供え物を持った行進が続きます。
サンパトーン郡(チェンマイ市から南へ約22km)のパレードです。
チェンマイ市郊外の町のパレードが次から次に行進していきます。
メーオーン郡(チェンマイ市から東北へ約29km)のパレードです。
少数民族『タイルゥー族』の行進が続きます。
その日は炎天下40℃を超すのなか、『タイルゥー族』のおばあさんは元気です。
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2015年05月25日
ワット・チェディールアンの『サオ・インタキン祭り』(2)
今年のワット・チェディールアンの『サオ・インタキン祭り』は、
5月14日から21日までの8日間、盛大に開かれ、私は初日
の午後に見に行きました。開幕式の前に雨乞い仏像を中心と
したパレードが炎天下40℃を超すなかで行なわれました。
サオ・インタキン祭とは、毎年5月にチェンマイを守る柱(サオ・
インタキン)を拝む行事で、今年は5月14日から21日までの
8日間行なわれました。1年に1度この期間に祠堂の扉が開け
られ、守護柱が公開されます。
チェンマイの人々にとって守護柱はとても神聖なもので、お花や
チェンマイの人々にとって守護柱はとても神聖なもので、お花や
ロウソク、お線香を持って、大勢の参拝者が訪れ、境内に並べら
れた花台に供えていきます。
別名「花を供える祭り」 と呼ばれています。
その日は炎天下40℃を超すなかで『サオ・インタキン祭り』の
パレードがスタートしました。
太鼓を敲いてお祭り気分を盛り上げています。
旗を持った行進が続きます。
私のブログに何回も登場しているコボリさんを見つけました。
自称『小堀さん』は日本大好きなタイ人です。
自称『小堀さん』は日本大好きなタイ人です。
「コボリ」さんは、タイで最も有名な日本人です。
何度もテレビドラマ化、映画化で大人気を博した「クーカム」に
何度もテレビドラマ化、映画化で大人気を博した「クーカム」に
登場する日本軍の青年将校、小堀のことです。架空の人物な
がら、人気歌手のトンチャイ・メックインタイが演じたこともあり、
タイでコボリを知らない人は、まずいません。
「クーカム」とは、日本語では「運命のふたり」の意味。
「クーカム」とは、日本語では「運命のふたり」の意味。
小説の原作は、「メナムの残照」です。
カワイイ女の子たちがチェンマイの代表的な伝統舞踊『爪の舞』を
踊りながら進んでいます。
伝統楽器で演奏しながら、進んでいます。
花を創作した綺麗なお供え物の行列が続きます。
3人の王様像(真ん中)の前を行進しています。
雨乞い仏像は、車ではなく、皆に引っ張られて進んでいます。
雨乞い仏像はいつもお寺の正門を入ると、正面に安置されています。
パレードの前には、雨乞い仏像に雨が降り、豊作を祈願する儀式が
行なわれました。
パレードはまだまだ続いていきます。
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2015年05月23日
ワット・チェディールアンの『サオ・インタキン祭り』(1)
チェンマイの守護神である柱(サオ・インタキン)のお祭りが
5月14日から21日までの8日間、ワット・チェディールアンで
開かれました。私は開幕式のある初日の午後に見に行きました。
サオ・インタキン祭とは、毎年5月にチェンマイを守る柱(サオ・
インタキン)を拝む行事で、今年は5月14日から21日までの
8日間行なわれました。1年に1度この期間に祠堂の扉が開け
られ、守護柱が公開されます。
チェンマイの人々にとって守護柱はとても神聖なもので、お花や
チェンマイの人々にとって守護柱はとても神聖なもので、お花や
ロウソク、お線香を持って、大勢の参拝者が訪れ、境内に並べら
れた花台に供えていきます。別名「花を供える祭り」 と呼ばれています。
ワット・チェディールアンは旧市街のほぼ中央にあります。
ワットとは、お寺。チェディーとは、仏塔。ルアンとは、巨大なです。
つまり、ワット・チェディールアンとは、巨大な仏塔のあるお寺と
つまり、ワット・チェディールアンとは、巨大な仏塔のあるお寺と
いうことです。このお寺は、ワットプラシンと並んで、チェンマイで
最も格式のあるお寺です。
このお寺の最大の見所は、本堂の後ろにある高く聳える仏塔です。
このお寺の最大の見所は、本堂の後ろにある高く聳える仏塔です。
この仏塔の建立は15世紀初頭。当時、その高さは約90メートルにも
及ぶほどだったが、1545年に地震で一部が崩壊しました。1990年代
にユネスコと日本政府の援助で修復され、現在の高さは60メートルです。
お寺の外側の道路両側には、約200m及ぶ露店が並んでいました。
花屋の露店もたくさん並んでいました。
食べ物の露店もたくさんありました。
境内に入ると、雨乞い仏像パレードが始まる前でした。
パレードに参加するカワイイ女の子たちです。
本堂にはタンブン(寄進)のために108個の鉢がありました。
本堂の上にはタンブンの綺麗な旗が飾り付けされていました。
本堂の奥にある仏像に祈願をしています。
守護神の柱が祀られている祠堂です。その祠堂はⅠ年Ⅰ度、
その期間だけしか公開されません。女人禁止になっています。
守護神の柱は『仏像の下の台座の部分』です。
このお祭りの時は、お花をたくさんお供えします。
このお祭りは別名『花をお供えする祭り』と言われています。
本堂から後ろにある威風堂々の仏塔です。
仏塔の前にも仏像が安置されていました。その後、お花で一杯になります。
お参りする人はかごにお花を一杯入れています。
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