2017年06月
2017年06月20日
『高僧クルーバー・スィーヴィチャイ像』パレード(3)
サンカムペーン郡にあるワット・パラメープーカの『高僧クルーバー・スィーヴィチャイ像』パレードが11日(日)の午後から行なわれました。
このパレードはボーサン交差点からサンカムペーン大通りを通り、ワット・パラメープーカまでの約3kmの道のりでした。
『高僧クルーバー・スィーヴィチャイ(1878-1938)』はワット・ドイステープの山道を作ったことで有名ですが、その他にも荒廃したタイ北部各地のお寺を復興させたことでもよく知られています。毎年この高僧の生誕日の6月11日には各地のお寺で生誕記念儀式が開催されています。
このパレードには、少数民族『タイヤイ族』の少年出家僧(左)も参加していました。

100バーツ(約330円)紙幣をたくさん綺麗に並べての行列が続いています。

伝統楽器の演奏で陽気にお祭り気分を盛り上げています。

パレードの最後は、大勢の参列者が『高僧クルーバー・スィーヴィチャイ像』を引っ張ていました。

あまりにも大勢の人々が引っ張ていたので、人数を数えるのは難しかったです。千名は超えていたと思います。

若い女性も参加していました。

おばさんや子供も参加していました。

カワイイ男の子もお母さんと一緒に参加していました。

この新しい像は高さ7m、幅5mの大きさです。チェンマイで1番大きいそうです。


ワット・パラメープーカにも大勢の人々がお参りしていました。

お寺の前でパレードを待っている人々です。

パレードの先頭の象が現れた時は、象に近づき、エサなどをあげています。

続々とパレードのメンバーがお寺に到着し、チェンマイの代表的な『爪の舞』のメンバーが踊りをしていました。


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2017年06月18日
『高僧クルーバー・スィーヴィチャイ像』パレード(2)
『高僧クルーバー・スィーヴィチャイ』の生誕日である6月11日(日)の午後から、ワット・パラメープーカの生誕記念儀式がサンカムペーン郡のボーサン交差点の所で行なわれました。その後はワット・パラメープーカまでの約3kmのパレードがありました。
この高僧はワット・ドイステープの山道を作ったことで有名ですが、その他にも荒廃したタイ北部各地のお寺を復興させたことでもよく知られています。毎年この日には各地のお寺で生誕記念儀式が開催されています。チェンマイの郊外にあるサンカムペーン郡のワット・パラメープーカでは、新しい大きな『クルーバー・スィーヴィチャイ像』を造ったので、その儀式が行われました。
パレードの先頭には象が登場しました。今までいろいろなパレードを見ましたが、初めて象を見ました。

象の後ろに乗っているのは、本物そっくりの『高僧クルーバー・スィーヴィチャイ』の人形です。


お花を持った行列が続いています。



タイ文字で『高僧クルーバー・スィーヴィチャイ像に捧げる』と書いてあります。

タイ文字で『サンカムペーン郡文化協会』と書いてあります。


『剣の舞』を披露しながら、進んでいます。

僧侶もパレードに参加していました。

チェンマイの代表的伝統舞踊『爪の舞』のメンバーの行列です。


『爪の舞』のメンバーの行列が続いています。

パレードの沿道では、至る所で誰にでも無料でお菓子や飲み物が配られました。

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2017年06月16日
『高僧クルーバー・スィーヴィチャイ像』パレード(1)
6月11日(日)は、『クルーバー・スィーヴィチャイ』の生誕日です。この高僧はワット・ドイステープの山道を作ったことで有名ですが、その他にも荒廃したタイ北部各地のお寺を復興させたことでもよく知られています。毎年この日には各地のお寺で生誕記念儀式が開催されています。
チェンマイの郊外にあるサンカムペーン郡のワット・パラメープーカでは、新しい大きな『クルーバー・スィーヴィチャイ像』を造ったので、その儀式が行われました。
その儀式はサンカムペーン郡のボーサン交差点の所で行われるので、サンカムペーン行きの白いソンテウをワロロット市場から乗りました。料金は15バーツ(約50円)です。

ボーサン交差点の所に行って見ると、新しい大きな『クルーバー・スィーヴィチャイ像』がありました。

この像は高さ7m、幅5mの大きさです。チェンマイで1番大きいそうです。

儀式が終わった後にパレードに参加するメンバーです。

カワイイ女の子もパレードに参加します。

伝統楽器でパレードを盛り上げるメンバーです。

少数民族『タイヤイ族』の少年出家僧もこの後のパレードに参加します。

午後3時過ぎに『クルーバー・スィーヴィチャイ像』(真ん中)の儀式が始まりました。

大勢の人が参列していました。

僧侶が読経しています。

この新しい像は金と銀と銅で造られ、周りは黒色を塗っています。


大きい傘を持ちながら、合掌している少年僧です。

大勢の参列者が合掌しています。その後のパレードでは、このメンバーが大きな像を引っ張て行きます。

儀式の後はパレードが行なわれます。

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2017年06月14日
大雨の中『旧市街恒例の平穏祈願』儀式
8日(木)の午前中、旧市街の10ヶ所において、チェンマイの平穏を祈願する儀式が行われていました。私は、旧市街の南門『チェンマイ門』の儀式を見に行きました。
チェンマイといえば、お堀や噴水、ターペー門広場、ワットプラシンなどのお寺、サンデーマーケットなどと旧市街を想いだす人が多いと思います。もし、チェンマイに旧市街がなければ、どこにでもある田舎町にすぎません。旧市街はまさに、チェンマイのシンボルであります。
旧市街の南門はチェンマイ門と呼ばれています。
チェンマイといえば、お堀や噴水、ターペー門広場、ワットプラシンなどのお寺、サンデーマーケットなどと旧市街を想いだす人が多いと思います。もし、チェンマイに旧市街がなければ、どこにでもある田舎町にすぎません。旧市街はまさに、チェンマイのシンボルであります。
旧市街の南門はチェンマイ門と呼ばれています。

その門の広場には、砂の仏塔に小さな白い旗がたくさん飾られ、お線香やロウソク(下)もお供えされていました。

タンブン(寄進)も受け付けていました。

タムブンとは徳を積む行為のことです。
タムブンと言う言葉は広義には人や動物を助けたりする行為が含まれますが、狭義には寺院や僧への寄付のことになります。タムブンの観念は輪廻転生の思想が影響しています。生まれ変わることを前提としているタイの仏教思想においては、貧乏人や動物に生まれるのは、ブン(徳)が足りないからだと説明され、現在金持ちなのは前世のブンが多いからと説明されています。
大きなテントの中で9名の僧侶が読経し、チェンマイの平穏を祈願しています。
大きなテントの中で9名の僧侶が読経し、チェンマイの平穏を祈願しています。

雨のなか大勢の人が参列していました。

雨はますます激しくなり、大雨となってしまいました。

大雨のためにテントの外側にいた参列者は傘を差しながら、祈願していました。

儀式が終わり、参列者は帰る時に黄色の聖水の入ったペットボトルが貰えました。

この黄色の聖水を家に持ち帰り、家族の頭や顔、または部屋の中に振りかけ、身を清めます。

儀式が終わり、僧侶がお食事しています。

一般の参列者も無料でお食事ができました。

参列者だけでなく、誰でも無料で振舞われました。

お菓子や水も配られました。

大きいテントの中で傘を差しながら、食べている人もいました。

食事が終わり、外に出ると、旧市街の低地も浸水していました。


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2017年06月12日
続・チェンマイの『サオ・インタキン祭り』夜の部
私がチェンマイの行事やイベントでいつも感心させられることは、そこに参加した人々を充分に楽しませることが優先されていることです。このお祭りでも境内に仮設のステージが設けられ、伝統舞踊が繰り広げられました。
サオ・インタキン祭とは、毎年5月か6月にワット・チェディールアンにあるチェンマイを守る柱(サオ・インタ キン)を拝む行事で、今年は5月22日から28日までの7日間行なわれました。特別な仏教行事の時だけしか、その祠堂の扉が開けられ、守護柱が公開されます。チェンマイの人々にとって守護柱はとても神聖なもので、お花やロウソ ク、お線香を持って、大勢の参拝者が訪れ、境内に並べられた花台に 供えていきます。別名「花を供える祭り」 と呼ばれています。
私がステージに行った時は、踊りが始まっていました。
私がステージに行った時は、踊りが始まっていました。

大勢の参拝者が楽しく観ていました。本堂(真ん中)が見えます。

これから、踊りをするメンバーです。


チェンマイの伝統舞踊『爪の舞』です。

「爪の舞」とは、チェンマイの代表的な踊りです。
ダーラーラッサミー妃(チェンマイ領主の娘で、タイ国王ラーマ5世の妃)に寄って編纂され、以来、重要な客を歓迎する時に披露されます。親指以外の4本の指に真鍮の板で作った長い爪の飾りをつけ、太鼓やリード楽器の楽団による伴奏に合わせて、ゆっくり踊ります。お祭りや行事などで見ることができます。
ダーラーラッサミー妃(チェンマイ領主の娘で、タイ国王ラーマ5世の妃)に寄って編纂され、以来、重要な客を歓迎する時に披露されます。親指以外の4本の指に真鍮の板で作った長い爪の飾りをつけ、太鼓やリード楽器の楽団による伴奏に合わせて、ゆっくり踊ります。お祭りや行事などで見ることができます。

ステージでは、次から次へ踊りが繰り広げられていきました。







タイ中央部の踊りも披露されました。



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